綾部山古墳群は5世紀(中期)〜7世紀(終末期)にかけての古墳群と言われており、発見された、これらの
    遺跡も 『5世紀頃の古墳である』と考えて本発掘調査に入りました。しかしそれは、とんでもない間違いで
    した。この道跡はもっと以前の3世紀代のもので、古墳と言うべきか弥生時代の墳丘墓と言うべきか、判断
    しにくい極めて微妙な時代の貴重な遺跡であるということが判明したからです。ちなみに、権現山51号墳 
      よりも古い時期のものです
。 
 ★綾部山古墳群は、約1500年前の古墳時代のもので揖保川河口の西側で瀬戸内海べりに西走する、綾部山
      尾根上 にあります。中でも有名なものが「正元塚」で総数23基の古墳が露出横穴式石室を持つ非常に
      興味深い古墳群です。

 

   綾部山 三木武夫氏書『古墳群の碑』
     園内には5〜6世紀に作られた正玄塚古墳、将軍塚古墳をはじめ16基の古墳が点在しています。
      左の写真は三木武夫氏書『古墳群の碑』右の写真は代表的な綾部山梅林内の古墳です。
 
   
   
  綾部山28号墳は正塚古墳とも呼ばれ、香川県大川町の原間古墳との構造的類似性が指摘されており
   その原間古墳の石 室は播磨国揖保郡南西部の石室構築技術を受容する形で成立したと推測されています。
   ★正玄塚(綾部山28号古墳) 古墳時代後期の古墳で、両袖式横穴式室を持つ全長7m、玄室幅1.8m
   羨道の長さは3.5m下の3枚の写真は綾部山梅林 内の綾部山28号古墳、正元塚古墳です。

 
 
 綾部山39号墳 
  綾部山古墳群は、揖保川河口の西側、瀬戸内海の海岸沿いに西走する、綾部山の尾根上に展開します。
  39号墳は道路工事に伴う調査で発見されました。墳形は円形を意識した多角形で墳丘の裾部に列石を巡
   らし、南北約15m以上、東西10m、高さ約1.7mを測ります。中心部の埋葬施設は箱形木棺を竪穴式石槨で
   覆い、その周囲を河原石を積んで囲む特徴的な形態を示します竪穴式石槨は割石小口積みで壁体をほぼ
   垂直に積む も ので、木蓋と推定されます。石槨部の石囲い施設は庄内式併行期に讃岐や阿波地域で
   発達したもので、古墳出現期の  徳島県  西山谷2号墳(黒谷川式)の墓壙の「積み石」などにその影響が
   その影響が認められますなお現説資料等で 類例として挙げられた奈良県のホケノ山古墳の「石囲い木槨」
   は、綾部山39号墳とは 形態の異なるもので、ホケノ山 古墳の類例はむしろ徳島県萩原1号墓に求められ
   ます。 の写真は綾部山梅林内の綾部山39号墳と、その出土品の鏡です。
 

   
     下の写真は左から綾部山28号墳が2枚、綾部山46号墳、綾部山31号墳です。